Grand Funk Railroad History



Grand Funk Railroad History
本当に波瀾万丈の人生。
3-piece band として成功を収め
何千万枚ものレコード売り上げがあっても
自分たちの懐にはほとんど入ってこなかった。。。

最初のマネジャーのTerry Wright
(この方、若い時はバンドのリード・シンガーで
ヒット曲も1曲ありました)にまんまと
やられてしまい、長い年月をかけての裁判を
避けるため、全部(お金も版権も)Terry Wright
に渡して、再出発したGrand Funk Railroad.

1969年から7年間は順調にバンド活動を
続けられたのが、1976年のディスコ・ブームの頃、
バンド内での不和がつのり解散。

その後、IRS(アメリカの国税局のような機関)から
Band時代の投資関連で徴収通知が届き、
(なんと14年も経ってから、、、なのでその間の
遅延料金まで追加され)、バンドの3人の内
Markさん以外はそれに従い支払ったようです。
(Markさんは不服申し立てをしたよう。)

額が額なだけ、普通の人なら深刻な状況
(自殺を考えるとか)に陥っていたと思います。

Markさん、がんばりましたね。

解散してから20年後、GFRは復活します。
20年の年月を感じさせない声・演奏です。

でも、その後、またメンバーの不仲がおこり、
別々の道へ。

MarkさんがGFRの名前を使えないよう
たくらんだ他の二人、悪すぎますね。

最初にTerry Wrightのバンドに
参加したころのMarkさん、17歳。
リード・ギターではなく、ベース・ギター担当。

Terry Wrightがソロ活動を目指し、
バンドを抜け、他の二人もその後抜け、
MarkさんとDonさん、二人が残り、
そこに新しくベース担当のMelさんが
加わり、Grand Funk Railroad
誕生となります。

1969年のライブで、レッド・ツッペリンの
前座をし、一気に名をあげたGFR。
あまりの客受けの良さに、レッド・ツッペリンの
影がうすれてしまい、それに怒った
レッド・ツッペリンのマネジャーに
コンサートから外されたそう。。。

リード・シンガーでリード・ギター、ハモンド・オルガン、
ソング・ライターも担当したMarkさん。
一時はBeatlesを凌ぐ人気を博したGFR。

Rock’n Roll Hall of Fame にまだ
入っていないって、本当でしょうか???




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Chibi1988

Author:Chibi1988
チビちゃんが生まれたのは1988年秋。正式に私の子になったのが1989年3月15日。いっしょに住めるようになったのが1990年2月。それから2003年8月9日までずっといっしょでした。今も心の中ではいっしょです。チビちゃんをお兄ちゃんと慕っていた猫のあ~ちゃん、2012年1月22日にお星さまになってしまいました。チビちゃんを知らない2009年5月生まれのクーちゃんも2015年4月26日に6年という短い一生を終えました。FIVでした。そして後を追うようにデリーちゃん(13歳)が6月30日にお星さまになってしまいました。ルンちゃん、一人になってしまっていたところ、ご縁があり2015年9月20日にコアラちゃん、11月7日にティガーちゃん、そして12月29日にマフィンちゃんを迎えいれることができました。(チビちゃんが亡くなって休止していたわんちゃんの里親さがしは2010年夏に再開しましたが、6頭目でつまづき、現在は休眠中です)4人+私で仲良く暮していたのですが、2017年4月24日、ルンちゃんが16歳でお星さまになってしまい、2015年生まれの若い3人(コアラちゃん、ティガーちゃん、マフィンちゃん)が残されました。みんなが健康で穏やかな毎日を過ごせるよう祈りながら、みんなの記録を残したいと思います。

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